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大阪高等裁判所 昭和26年(ラ)11号 決定 1951年2月28日

抗告人 河上光哉 外二名

訴訟代理人 信正義雄

相手方 杉山勝 外二一名

主文

原決定を取消す。

相手方等の申請にかかる本件仮処分申請はこれを棄却する。

申請費用及び抗告費用は相手方等の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙添付の抗告理由に記載したとおりであつて、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

本件仮処分申請理由の要旨は、相手方等は共栄板紙株式会社(資本金五十万円株式総数一万株)の株主でその所有株式は合計六千九百四十株であり、抗告人等は同会社が営業不振にあつたのでその再建を図るため、昭和二十五年十月二十三日同会社の取締役に選任せられたものである。然るに、抗告人等の行動は、必ずしも、期待に副はぬものがあるだけでなく、先きに同年五月二十五日株主総会で増資の決議がなされ、その内容として増資総額百万円新株発行数二万株とし、その内六千六百株を当時の代表取締役大堀省三に、内二千株を同会社従業員に、残余を当時の株主に割当て、且つ、その他の処置を取締役に一任する旨の取り決めがなされていたに拘らず、抗告人等は右株主総会の決議を無視し、増資新株二万株の内、僅か五千株のみを株主に割り当て残余一万五千株を公募することとし、同年十二月二十九日相手方等に対し株金払込の通知を発しながら、右通知が株主に到着する以前に、即日、右公募株一万五千株について満株払込を完了したものであつて、このような不当な増資方法の遂行は、抗告人等が公募株の大部分を自己又はその腹心者等の手に収め、会社経営をろう断しようとするもので、明らかに、不当な業務執行というべきである。

よつて、相手方等は業務執行を理由に、抗告人等に対し昭和二十六年一月九日商法第二百三十七条によつて抗告人等の解任及本件増資遂行の可否を議案とする臨時株主総会の招集を請求したのであるが、抗告人等が右請求に応じて総会招集の手続をなすことは到底、期待できず、又抗告人等は既に本件増資払込完了の報告株主総会を開催する旨の招集通知を発し、右報告総会が完了すれば、抗告人等は増資新株を手中に入れる結果となり、相手方等を解任すべき前記株主総会招集の目的は、殆んど、失はれてしまうから、このような抗告人等の不当な業務執行を阻止するため、商法第二百七十二条によつて本件申請をしたというにある。

然し、商法第二百七十二条所定の仮の処分は取締役が会社を経営するについて、その職務の執行が適正を欠くためその経営に著しい支障を生じ、或は、会社財産を喪失する慮のあるような場合に、若し、その取締役の解任を待てば、会社経営の急速な悪化、又は、会社財産の大きな損失によつて、会社の存立が危たいに頻するような場合に、会社の受ける損失を防止するため、取締役解任前になされる仮りの処分であるから、取締役の職務執行が、或は、不当又は不適正であつても、直接会社に対し急迫にして著しい損害を及ぼさないような場合には本条による仮処分はなし得ないものと言わねばならない。

然るに、本件仮処分の理由として相手方等の主張するところは、前示のように、抗告人等は、先きに、株主総会において決議のあつた増資新株の割り当てを無視し、不当に二万株の内一万五千株を公募の方法によつて手中に収め、会社経営をろう断しようとするだけでなく既に、増資払込完了報告の株主総会招集の通知を発しており、右報告総会が終了すれば抗告人等を解任すべき株主総会は、到底、目的を達成し得ない、というものであつて、このような事情は単に抗告人等と相手方等とが会社の経営権をめぐつて優劣を爭うに過ぎず、これがため、会社業務に間接影響を及ぼすことは勿論考えられるが、抗告人等のなした右増資新株の割当の不当をもつて直に会社経営又は業務執行の不当と速断できないだけでなく、相手方主張のように右株式割当の結果として、近く、増資払込完了の報告株主総会が終了すれば、抗告人等を解任する株主総会の目的は、到底、達成できないとの事情も、これによつて急速に会社財産の大きな損失を来すものとは認められないから、相手方等の主張する事情は結局本条の急迫な事情に該当しないものといわねばならない。

よつて本件仮処分申請は理由がないものであつて、原審が相手方の申請を認容したのは失当であるから、原決定を取消し、右申請を棄却し、民事訴訟法第八九条第九五条に依り主文のように決定した。

(裁判長裁判官 大嶋京一郎 裁判官 林平八郎 裁判官 大田外一)

抗告の理由

商法第二七二条に「急迫なる事情」あるとき、とは取締役をして請求株主総会決議まで其儘職務を執行せしむる事は会社のため不利損害拡大の危険急迫せることを謂ふものにして、

一、本件の如く申請人等一部株主が株式数に於て優位に在る間に事を処せんとし、近く新株の参加に依り劣位となる危険急迫せる場合を指すものではなく、

二、一部株主の個人的欲望利益保護上の急迫を指すものでもなく、

三、各個の単一事項執行に不当ある場合は其単一事項の執行停止にて足り全面的業務執行停止の商法第二七二条適用に該当しない。

然るに原審は慢然「急迫なる事情」ありとしたるは失当である。

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